真空メロウblog「蟹の構造」

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     井上ひさし「自家製 文章読本」という文庫を読んでいたら(博覧強記の作者が過去いろいろな作家が残した文章作法をピックアップしながら意識してライトに本人の文章観を書いている。)、芥川龍之介は「-」という記号を連発するクセがあった、と書いてあって。

    ほしたら確かめてみようかと思うのが人情、本棚から抜いてちくま日本文学全集「芥川龍之介」。
    読み始めたらたしかに「-」が出てくる、出てくるなんてもんじゃない、出まくっている。

    そのまま読んでいると太宰治のことが頭に浮かんできて、この人の影響をとても受けているんだな、むしろ芥川龍之介のような作品を書こう書こうとしていたのがひしひしとわかる。

    そのまま読んでいると最初の「-」のことは忘れ、太宰も消えて、芥川龍之介の残した作品の素晴らしさに夢中になっていた。

    人間の心のありかたを一言で言えといわれたら、それは、醜い。
    飲み込んで美しさを表現できる体現できる大ウソつきの人間も素晴らしい、と私は思う。

    しかし芥川龍之介の作品の人間の醜さの中のひだに潜む美しさともいえない揺れであったり、美しさの襞にもしっかりひそむ醜さであったり、そういったひだを感じさせる力量、内包している凄みには及ばない。







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    ほんとだけを突き通した先に殺人があるとしたら、嘘を受け入れる力。


    その後どうしようか。少し考え始めている。
    現状いらんことを言えば、やってみたけどできんかった、というオチというかピリオドもあり得る。
    それでもある程度前もって決めておかんといかん。
    できたとなったとき用に。

    別にネット配信とCDR自主通販でいいか、というところから欲が出てきて、それだったらCDプレスした方が。

    予算的には録音がスムーズに行って、マスタリングしたら資金は尽きる。


    ひとつ言えるのは、タワレコに並べるために、もう切れてるような古い縁に頭下げて頼ったり、流通さがして尽力するより、
    同じエネルギーを使って自前でやるつもりでいる。

    だって、頑張って置いてもらって試聴機入ってもサイクルですぐ外されるわけで、
    そういう扱いをされる音楽をたくさん見てきたし、こちらからお願いする気にはさらさらなれない。
    置いてええよ、言われたらすぐに納品する。あんまりにもバンドの地位が低すぎるように健気すぎるように僕は感じているから。

    たくさんの人に聴いてもらいたければ、それなりのやり方が決まってある。
    真メはそこから時間をかけてたまたま外れて、まさに真空状態でメロウな音源を作ろうとしている。

    いいわるいの話ではないのです。

    念のため。
    休日。夜、久しぶりに真メのリハ。飲酒して行かない方がいいと分かっていても、仕事の疲れもたまっていて息抜きでいつものように昼間から飲んで向かう。薬局で買ったヘパリーゼが全く効かず、帰りに傘をなくしていたり、事実から逆にたどると、私は飲みすぎていたことになる。

    肝心のリハは曲の構成、歌メロ、歌詞がもうだいたい出来ているので、何回か回しながらベースとドラムが固まってくるのを待つ。今回録音したリハ音源を聴いて、次回詰めたらいい感じになるはずだ。
    自分たちでお互いに音を出しながら聴きながら探りながら作りながらを同時にやるのは非常にむつかしい。一旦、客観的に聴いてみないことには全体像が見えず、曲がどの方向に行きたがっているのかもわからない。

    とりあえず、2曲やって2曲とも持っていったラットは踏むところがなかった。



    SKIN:Babyish-
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