真空メロウblog「蟹の構造」

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    その後どうしようか。少し考え始めている。
    現状いらんことを言えば、やってみたけどできんかった、というオチというかピリオドもあり得る。
    それでもある程度前もって決めておかんといかん。
    できたとなったとき用に。

    別にネット配信とCDR自主通販でいいか、というところから欲が出てきて、それだったらCDプレスした方が。

    予算的には録音がスムーズに行って、マスタリングしたら資金は尽きる。


    ひとつ言えるのは、タワレコに並べるために、もう切れてるような古い縁に頭下げて頼ったり、流通さがして尽力するより、
    同じエネルギーを使って自前でやるつもりでいる。

    だって、頑張って置いてもらって試聴機入ってもサイクルですぐ外されるわけで、
    そういう扱いをされる音楽をたくさん見てきたし、こちらからお願いする気にはさらさらなれない。
    置いてええよ、言われたらすぐに納品する。あんまりにもバンドの地位が低すぎるように健気すぎるように僕は感じているから。

    たくさんの人に聴いてもらいたければ、それなりのやり方が決まってある。
    真メはそこから時間をかけてたまたま外れて、まさに真空状態でメロウな音源を作ろうとしている。

    いいわるいの話ではないのです。

    念のため。
    休日。夜、久しぶりに真メのリハ。飲酒して行かない方がいいと分かっていても、仕事の疲れもたまっていて息抜きでいつものように昼間から飲んで向かう。薬局で買ったヘパリーゼが全く効かず、帰りに傘をなくしていたり、事実から逆にたどると、私は飲みすぎていたことになる。

    肝心のリハは曲の構成、歌メロ、歌詞がもうだいたい出来ているので、何回か回しながらベースとドラムが固まってくるのを待つ。今回録音したリハ音源を聴いて、次回詰めたらいい感じになるはずだ。
    自分たちでお互いに音を出しながら聴きながら探りながら作りながらを同時にやるのは非常にむつかしい。一旦、客観的に聴いてみないことには全体像が見えず、曲がどの方向に行きたがっているのかもわからない。

    とりあえず、2曲やって2曲とも持っていったラットは踏むところがなかった。



    矛盾を受け入れる力。ある詩が立っているように、本当と嘘は似ている。矛盾を嫌えば人は本当の中には本当しか見ようとせず、嘘の中に嘘を探すのに夢中になる。
     レコーディングの日程が出るまで、ぽしゃったらショックなのでぼんやりしていた。

     4月頭にスタジオ押さえてから本腰入れてというか、腰を揉んでいる。
    真空メロウがバンドなのは間違いない上で、メンバーから「練習スタジオに入って曲の展開決まってないのは萎える。スタジオで悩まないで」という申し出があり、なるほどね、ということで歌詞構成を決めてデモ送信。
    近日リハに入り始める。楽しみなような困ることになりそうなような。

    とにかく音楽は鳴っていればいい。そういう気持ちというか気概でいると些末なことはどうでもよくなるものだ。
    クラシックや古い音楽を聴いていると、はたして自分がやっていることは作曲なのかどうか。
    そんな疑問がよぎる。

    音楽は初恋の相手のような、知りたいと同時に何も知りたくない、壊したくないという対象として、
    神秘的であり続けるように心がけている。常に畏れをもって触れていたい。

    練習すればうまくなって、音楽が素晴らしいのを忘れて、自分がすごいのだと勘違いする。
    だから極力練習はしないよう努力する。
    今でも自分が押さえているコードの名前も知らないし、音楽理論、譜面、何もわからない。

    私の背骨が曲がっている。
    SKIN:Babyish-
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